魅了する地名ー香港と表参道ー

 はじめに

  皆さんは香港についてどう思うだろうか。東洋の経済、政治、遊興の要であり火種でもある香港。わたしは最近になって中国語で香港について話す機会が増えてきたのに伴って、香港という地名の良さに心を奪われてしまった。

 いい理由その1 発音

1平坦で落ち着いた発生

 香港は中国語ではxiang gang (シャーン・ガァーン)と読み、連続する鼻母音が小気味よいリズムを作り出している。音韻には詳しくないのだが、香港の読みは1声と3声で構成されている。例えば北京もbei jing (ベェイ・ジィーン)と同じように構成されており、比較的平坦である。落ち着いた雰囲気が醸し出す特有のものがある。

雄大で格調高い発音

また、鼻母音が2つ存在しているのもいい効果を出している。鼻母音は(個人的な感想として)響きがほかの音よりも大きく、威圧的なテクスチュアを含んでいる。京(jing)や中・鍾(zhong)なども同じように口の奥で響かせるため雰囲気として壮大さが出ているが香港はそれが二つも入っているのである。これが発生する上で格好よさの源になっている。中国の地名ではほかに黒竜江(hei long jiang)が二つの鼻母音を含んでおり、やはり格好いい地名である。

いい理由その2 意味

1 香港の名前の由来

 香港の名前の由来は、その地が香木取引の中心であったことに起因する。香木は非常な高級品であった為そこが栄えていたというのは想像に難くない。しかし、そのセレブな雰囲気だけが香港の風格ではない。香というのは、我々が「長さ」といって「短さ」と言わず、「高さ」といって「低さ」と言わないように自明にポジティブな属性を持っている。これは完全に言葉遊びのように思われるだろうが、何回もその言葉を噛みしめるうちに無意識に滲み出る優が思考をポジティブな方向に補正するのだ。

2 香の背徳性

 香は贅沢品の中では不必要な部類のものである。いい香りのする煙草とも言い換えられるような(私は煙草のにおいは好きだが)少なくとも貴金属や宝石などとは違って身体に中毒や害をもたらすものである。これを好むものは仏僧かよほどの傾奇者であったろう。それらが一堂に会するカオスチックな場所は如何であっただろうか。最近のサイケデリックな芸術家たちに少なからず惹かれてしまう私は、香港という字面の退廃的で意識の深奥に沈んでしまいそうな、或いは鬱屈して何かが爆発してしまいそうな危険な雰囲気に本能を掻き立てられるのである。

3 シンプリシティ

 香港は、分解すると「香の港」である。この上なくシンプルでありながら伝えるべきところはすべて伝えた、というような余裕さを感じさせる。まさしく「簡にして要」を体現する美しい言葉である。

 

3 表参道

 知人で親類が判事をしているという者がいるが、彼の家の最寄駅は表参道だという。そこにある喫茶店が気になって一度原宿から歩いてみたのだが、素晴らしい場所であった。明治神宮の表門から伸びる通りは緩やかな坂になっており、次から次へと現れる数々の造形的意匠の施されたビルが目を楽しませる。新宿などのハコのような思考停止した建築を為す事業者にはぜひ見習ってもらいたいものだ。この表参道という言葉は、はじめ聞いたときは変な地名だと思ったのだが、いまではすっかり虜になってしまった。表参道についても、発声と意味の二つの観点から良さを分析していこうと思う。

いい理由その1 発音

1 鼻母音

表参道の「さん」の部分は、先の香港についても述べたように鼻母音になっており、発音に深みを与えている。日本語の鼻母音は中国語のものより曖昧であるため、よりたおやかで日本的な奥ゆかしさを表現できている。日本語の鼻母音は、「ん」が入っていれば基本的にそうである。例えば 半蔵門桜田門・九段下・日本橋・六本木・銀座・新宿などがある。この中で銀座と新宿は母音が i であり鼻母音の響きが弱いので個人的なイメージは微妙である。

2 破調

表参道はひらがなに直すと7文字であり、伸ばす音を数えずに読むと5音になる。実際問題、5音に縮められるのは俳句などにおいての作法であり日常の会話でこれをすると「おもてさど」になってしまうのでやはり7音、少なくとも6音である。一つの言葉で6音というのは我々が使う言葉のなかではかなり長い部類に入る。当然これを文中で用いようとすると話すリズムが崩れる。かといって「表」と「参道」に分けたらこれはこれで文の密度が低くなってしまう。ここに、「破調の美」が存在するのである。

いい理由その2 意味

1 表参道の意味

表参道とは明治神宮正面の鳥居から伸びる道のことを指す。ここでいう「表」とは先ほども述べた通りポジティブな意味を含んでおり、その効力は香港の香よりも強い。「香」はせいぜい少しいい香りがする程度だが、「表」はすなわち全肯定を表す。表参道について思索する度に、その聖属性によってその場は清められるのである。

2 参道の効果

表がより「justice」に近いことは確認したが、のちに続く「参道」という言葉も非常に効果的である。これは宗教に明るくないものにも信仰の存在を暗示し、その道にいる者にも心理的加護を与える。また、頭につく「表」の正しさにその来源を与えることによりさらに強化しており、願うたびに益々研ぎ澄まされたエクスタシーが脳内をひらめくのである。

3 シンプリシティ

表参道も香港と同じように構成された語である。「表」というポジティブなイメージと「参道」というその土地の果たす役割・用途をつなげた語で、変に飾らないところが評価を高めるポイントである。

さいごに

香港は明朝から、表参道は明治から始まったものであり、長い歴史がある。その土地に対する思い入れや、呼びやすさなどの数々のファクターに影響を受けたのちに現在のような地名に定着し、いまではどちらも一流の繁華街として人々の暮らしに結びついている。人々を無意識に引き寄せるような、今に通じる先人たちのかっこいい言葉選びのセンスに敬意を示し、ここで文を終わろう。